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>>丸岡いずみ うつ闘病記(1)~震災がきっかけでうつを発症
うつで実家の徳島に帰った丸岡いずみさんの症状は
ますます悪化していきます。
病院では「うつ病」と診断され、薬を処方されましたが、
丸岡さんは「自分がうつ病」だとは
どうしても認められなかったそうです。
「うつ病は心や気の弱い人がなるもの。
明るく元気な性格の私がうつ病なんかになるわけがない」
「もし自分がうつ病だったら、もう表舞台には戻れない」
そう思い込んでいた丸岡さんは、
処方された薬を飲むことはありませんでした。
ある日、口をパクパクさせて、足はバタバタ、
声も出ない様子の丸岡さんを見て、両親は彼女を
病院へかつぎ込み、そのまま入院となりました。
入院先でも「異常な行動」はエスカレートしていきます。
大量の水をガブガブ飲み続ける丸岡さん。
医師には、こう訴えていました。
「先生、助けて!お母さんにヒ素を盛られた。
私を殺そうとしている!」
大量の水でヒ素を解毒しようとしていたのです。
その姿を見た母・さかえさんは泣いていましたが、
追い打ちをかけるようにこう言われます。
「よく涙なんか流せるね。自分でヒ素を盛っておいて!」
本当に怖い顔で、母親を睨みつけていたそうです。
うつ病患者特有の症状「極度の被害妄想」でした。
(関連記事)
うつ病患者が陥りやすい考え方についてはこちら。
>>うつの原因になる考え方とは(認知のゆがみ)
その後、拒んでいた薬を半ば強制的に服用。
「何があってもいずみは私が守る」
変わらぬ母の思いもあり、徐々に症状は
回復していきました。
そして、2012年8月には、映画コメンテーターの
有村昆さんと結婚。
現在は幸せな生活を取り戻し、
すっかり元気になっているようです。
しかし、「幸せな結婚を失ってしまうのではないか」
という心配も強く持っているそうです。
その心配とは「再発への不安」でした。
>>丸岡いずみ うつ闘病記(3)~うつ病になった本当の原因とはへ続く
私の体験談が何かの役に立つかもしれません。
良かったらご覧ください。