10月20日21時からNHKスペシャル 病の起源 第3集
「うつ病~防衛本能がもたらす宿命~」
という番組を放送していました。
『うつ病を引き起こしていたのは、
天敵から身を守るメカニズム「防衛本能」だった』
という興味深い内容でしたので情報をシェアしたいと思います。
うつ病患者の脳は萎縮している
悲しみや気持ちの落ち込み、あるいは
意欲がわかなかったり、興味を失うなどの症状が
2週間以上続くと、うつ病と診断されます。
(参照)>>うつ病の症状チェック
東京都に住む奥野孝幸さん(42)は
IT関連会社の営業職として勤めていました。
7年前に大きなプロジェクトを任された重圧から
うつ病を発症してしまい、会社を辞めざるを得ませんでした。
薬による治療を続けており、
ひどい時には一日に40錠ちかく薬を飲んでいました。
(関連記事)
>>うつ病の薬は飲みたくない!~10年以上治らないあなたへ
しかし、「鉛の鎧を着せられている」ような感覚は
消えませんでした。
“国立精神・神経医療研究センター”で、
奥野さんの脳の働きを詳しく調べたところ、
軽度に脳の一部が萎縮していました。
脳が萎縮する原因は、「ストレスホルモン」と
脳の「扁桃体」という部位が深く関係しています。
天敵から身を守る部位「扁桃体」の誕生
脳は、生物が進化する中で、
きわめて重要な働きを担ってきました。
およそ5億2000万年前、地球上では
エビ、カニ、昆虫などの祖先である節足動物が
繁栄していました。
この頃に魚が誕生したのですが、
とても小さくか弱い存在でした。
そこで、魚が外敵から生き延びる画期的な仕組みとして、
体を集中制御する「脳」という機能が発達しました。
魚以前の節足動物は、
神経が体の各部に分散しているだけで、
脳はありませんでした。
そしてさらに、魚の脳には、
天敵から身を守る部位「扁桃体」が生まれました。
天敵から素早く逃げるメカニズムは
以下のとおりです。
扁桃体は、危険を察知すると活動し始めます。
↓
すると、ストレスホルモンが分泌され、
全身の筋肉が活性化されます。
↓
筋肉が活性化されると、運動能力が高まり、
天敵から素早く逃げることが可能となります。
↓
危険が去ると、ストレスホルモンの分泌は収まります。
魚にもうつ状態がある
アメリカ・ニューオーリンズにある
“北米ストレス研究学会”の研究によると、
ある条件下においたゼブラフィッシュが
うつ状態になることがわかりました。
うつ状態のゼブラフィッシュは、
水槽の底にとどまり、あまり動きません。
正常なゼブラフィッシュに比べて、
明らかに動きが鈍く見えました。
自然界ではありえない長い間、
ゼブラフィッシュの天敵の魚(リーフフィッシュ)と
同じ水槽の中に入れ続けていた結果、
うつ状態になってしまいました。
初めのうちは、天敵から素早く逃げ回っていましたが、
ある時期を境にほとんど動かない
「うつ状態」になってしまいました。
うつ状態のゼブラフィッシュは、
ストレスホルモンが大量に出続けていました。
つまり、ストレスホルモンの分泌が止まらなくなると
うつ状態に陥ってしまうということです。
先ほどの奥野さんも、ストレスホルモンの値が
極めて高くなっていました。
ストレスホルモンの高い状態が脳に異変を引き起こします。
ストレスホルモンが過剰に分泌されると、
脳の神経細胞がダメージを受けます。
脳の神経細胞は、突起を伸ばして情報伝達する場所を
形成しますが、その機能が阻害されてしまうのです。
ここまでの一連のメカニズムをまとめます。
①強い不安や恐怖を感じる
②扁桃体が過剰に働く
③全身にストレスホルモンが大量に分泌され脳にまで及ぶ
④脳の神経細胞に必要な栄養物質が減少する
⑤脳の神経細胞が栄養不足に陥って縮んでしまう
⑥脳の萎縮が意欲や行動の低下を招く⇒うつ状態
もともと天敵から身を守るメカニズムである「扁桃体」が、
うつ病を引き起こすという皮肉な結果になってしまいました。
さらなる進化がうつ病の原因を増やしてきた~「孤独」
約2億2千万年前、哺乳類の誕生によって、
扁桃体が天敵以外にも反応するようになりました。
アメリカ・ワシントン州にある
“ノースウエスト・チンパンジー保護施設”では、
自然環境に近い状態で飼育、行動を観察しています。
その中に、ほとんど動かず、様子の異なる
「ネグラ」という名のメスのチンパンジーがいました。
外に出ることもなく、一日中屋内で過ごし、
ほかの仲間ともほとんど関わりを持とうとしません。
研究者は、ネグラをうつ病と診断しました。
ネグラは感染症の疑いがあったため、
1年半ほど他の仲間たちから隔離された状態だったそうです。
「孤独」になったネグラは、
ストレスホルモンの値が高くなっていました。
チンパンジーの高度な集団社会は、子育てを共同で行い、
天敵を見つけやすく、また集団で立ち向かうこともでき、
安心できる環境と言えます。
逆に、集団社会から隔離され、
「孤独」になると不安や恐怖を感じ、
扁桃体が激しく活動してしまうのです。
恐怖の「記憶」
370万年前には、アウストラロピテクス・アファレンシスが
誕生しました。
彼らはアフリカのサバンナで暮らしていました。
サバンナは猛獣がたくさんいて、とても危険な場所です。
厳しい環境を生き延びるためにも
恐怖の体験などを「記憶」することは
とても重要なことだったのです。
アフリカのタンザニアに住む「ハッザ」という部族は、
現在も狩猟採集の暮らしをしています。
「恐怖の記憶」をたよりに、サバンナでの過酷な暮らしを
生き抜いています。
たとえば、ライオンに襲われた男性は、
その時の「恐怖の記憶」がしっかりと脳に焼きついているために
二度と縄張りには近づこうとしません。
脳の「扁桃体」と「海馬」が連動して働いた時に、
その出来事は強く記憶されます。
扁桃体が活動しなかった記憶は、
海馬で消えて、忘れ去られてしまいます。
逆に扁桃体が激しく活動すると、
海馬が反応し、強い記憶としてとどまります。
つまり、扁桃体が反応する恐怖や不安などの
衝撃的な出来事は決して忘れることはないのです。
「恐怖の記憶」は繰り返し思い出されるため、
そのたびに扁桃体を激しく活動させ、
うつ病の原因となってしまいます。
過去の失敗などを思い出すことも、
同じ作用が起こり、うつ病の原因となります。
「言語」による恐怖の拡散
190万年前の人類の脳は「ブローカ野」という
言語を司る部位が発達しました。
このブローカ野によって、
人類は「言葉」を理解できるようになったのです。
声を使って多くの情報を伝え合うようになりましたが、
反面、他の人からの恐怖の体験を聞くだけでも、
扁桃体が活動し、脳に強く記憶されるようになりました。
恐怖の記憶が「言葉」によって急激に増えてしまいました。
「天敵」「孤独」「記憶」「言葉」というように、
人類が進化するたびに、うつ病の種を抱え込んでしまいました。
うつ病を防ぐ「平等」の精神
現代社会にはうつ病患者が急激に増えていますが、
人類はかつてうつ病を防ぐ仕組みを持っていました。
先ほどのハッザの人々を対象にうつ病のテストをしましたが、
うつ病の人は一人もいませんでした。
軽いうつが11点以上、重いうつで31点以上というテストで、
ハッザの人々の平均点は、なんと2.2点でした。
アメリカ人と日本人の健康な人の平均点が、
それぞれ7.7点と8.7点という数字なので、
ハッザの人々がいかにうつ病と無縁であるかが分かります。
うつ病と無縁なのは、その暮らしによると考えられています。
ハッザの人々は、集めた食料をほぼ100%みんなで分け合います。
極めて平等であるために、現代社会の人々が持つ
格差からくる悩みやストレスがほとんどありません。
この平等という精神は、人類が生き延びる上で、
極めて重要でした。
40万年前に、本格的に狩りを行い始めた人類は、
獲物を捕まえるために、集団の結束が必要でした。
そして、その集団の結束に欠かせないのが、
獲物を分け合うなどの平等の精神です。
扁桃体は「平等」に対して反応しない
大阪吹田市にある“脳情報通信融合研究センター”の
春野雅彦博士は、「平等」と「扁桃体」の関係に注目し、
実験を行いました。
お金を分け合う実験を行ったところ、
・自分が損する場合→扁桃体が激しく活動
・ほぼ公平に分け合う場合→扁桃体はほとんど反応しない
・自分が得する場合→扁桃体が激しく活動
という結果になりました。
「平等」は、これまでうつ病の原因である
「天敵」「孤独」「記憶」を抑え込んできました。
強い絆は「天敵」から身を守りますし、
互いを敬い、助け合うことは、「孤独」にならず、
イヤな「記憶」も癒されます。
人類は、もともと「平等」の精神を持っていて、
分け隔てないつながりがあったからこそ、
うつ病を防げていました。
うつ病の起源はメソポタミア文明
“ペンシルベニア大学博物館”のミッチェル・ロスマン博士は
「人類がうつ病への道を歩み始めたのは、
世界最古のメソポタミア文明からだ」と言っています。
メソポタミア文明の出土品には、
すでに権力や富を持つ者と、持たざる者との
貧富の差が描かれています。
メソポタミア文明では、農業を中心とした社会への
大転換が起きています。
狩猟採集の時代には、獲物を平等に分けていましたが、
文明社会が生まれると、穀物は階級によって
分けられるようになります。
文明社会によって「平等」が崩れ、争いが生じ、
イヤな「記憶」や「孤立」も広がるようになりました。
「職業の違い」もうつ病の原因になる
現代では、「職業の違い」が
うつ病の発症に影響することもわかっています。
専門職や技能職など、自らの判断で仕事をする専門職では
うつ病の人は少ないです。
一方、上司からの命令で仕事をする営業・事務職や
非技能職ではうつ病の人が2倍以上の数に上りました。
社会的立場によってストレスの強さは異なります。
立場の低い人は、高い人に比べて
常に強いストレスにさらされているため、
うつ病になりやすいというわけです。
奥野さんも営業職でした。
上司の命令により、大きな仕事を任されてから、
うつ病の症状に悩まされ始めたと言います。
「進化の観点」からのうつ病治療法
今まで述べてきたように、うつ病は、
恐怖や不安を感じた時の「扁桃体」の活動が
原因だとわかりました。
そこでドイツにある“ボン大学病院”では
新たな取り組みに着手しています。
2012年12月、うつ病患者の頭に穴を開け、
電極を埋め込む「脳深部刺激(DBS)」という手術を行いました。
脳の奥深くに電極を埋め込んで電流を流し、
扁桃体などを刺激することで、脳の働きを正常化し、
症状を抑えようとするものです。
一年前に手術をしたスヴェン・ウェルナーさん(36)は、
以前は家族との会話さえ困難でしたが、
劇的に回復し、息子さんと遊べるようになりました。
また、分け隔てのない仲間との結びつきを治療に応用した
「TLC」と呼ばれる生活改善法も注目されています。
TLCでは、スタッフとの信頼関係を築き、
地域活動に参加するなど、社会的な結びつきを
強めることを重視した活動を行っています。
さらに、「定期的な運動」や「生活習慣の改善」にも
取り組んでいます。
「運動」は、萎縮した脳の神経細胞を再生させる働きがあります。
昼間に太陽の光を浴び、夜にはしっかり眠るという
「規則正しい生活」には、ストレスホルモンの分泌を
正常に戻す効果があります。
これらの治療を行った結果、
100人のうち70人に改善が見られました。
狩猟採集時代の人間本来の暮らしを取り入れることで、
うつ病から解放された人が多いということでした。
まとめ
●うつ病は、自分の身を守るメカニズムによって
扁桃体が過剰に反応した結果生じる
●人類は進化の過程で「天敵」「孤独」「記憶」「言葉」にも
扁桃体が反応するようになってしまった
●狩猟採集時代には、平等な精神がうつ病を防いでいた
●扁桃体に直接作用する脳深部刺激や、狩猟採集時代のような、
人間本来の暮らしがうつ病の克服・改善に役立つ
当ブログでレビュー記事を書いている「プチ認知療法」では、
ここに書かれている防衛本能とうつ病の関係を
さらに掘り下げて解説しています。
たとえば、うつ病の特徴的な症状である
「驚き」「不安」「怒り」「悲しみ」「焦り」の感情が
どうして起こるのかなどについて詳しく言及しています。
他に、脳の仕組みをうまく利用し、
「自己否定感」や「どうにもならない不安感」などを
感じにくくする方法を知ることができます。
私の体験談が何かの役に立つかもしれません。
良かったらご覧ください。