うつ病と誤診されやすい病気に「双極性障害(躁うつ病)」があります。
実際は双極性障害であるにも関わらず、何年間もうつ病として治療を続けたために、症状がなかなか改善されず、数年単位で長期間苦しみ続けるというケースが多いそうです。
今回は、うつ病と誤診されてしまった体験者の事例をご紹介します。
仕事と介護を両立していたA子さん(48)
ある秋の日の出来事でした。
輸入雑貨会社に勤務するA子さん(48歳)は、買い付け部門責任者に昇進したばかり。上司からの信頼も厚い、仕事のできる女性です。
子ども達は既に独立しており、子育てからは解放されていましたが、1ヶ月前に夫(50歳)の母親がお風呂場で転倒して骨折し、A子さんが介護をすることになりました。
仕事と介護で負担が増え、睡眠不足気味でしたが、いつも通り明るく過ごしていました。そんなA子さんに旦那さんも感謝し、頼りにしていました。
突然、気分の落ち込みが…
ところが、ある日突然、A子さんの気分が何故か落ち込み、今までのようにバリバリと仕事ができなくなってしまいました。
「週末になったら身体を休めよう」
しかし、身体を休めても一向に気分は良くなりません。
何をするのも億劫で、やる気が起きない。身体が重くて動かないので、母親のご飯も作れない状態が続きました。
旦那さんも、こんなA子さんの姿を見るのは初めてでした。
「明るく振舞っていても介護と仕事の両立で相当負担になっていたんだな」
そう考えて介護ヘルパーを頼み、A子さんの負担を減らしてあげました。
周囲も戸惑うほどの回復ぶり
半年後、周囲の暖かい気遣いや、介護の負担が減ったためか、A子さんは徐々に元気を取り戻し始めました。
一年後には、人の仕事を横取りする程の勢いで、以前よりも積極的に仕事をこなすようになっていました。
それは、周囲も戸惑ってしまうほどの回復ぶりでしたが、実は、この「気分の落ち込みからの回復ぶり」が隠された双極性障害(躁うつ病)のサインだったのです。
再び気分が落ち込み、うつ病と診断され休職へ…
目を見張るほどの回復ぶりを見せた一ヶ月後、なぜかA子さんは突然、再び気分の落ち込みを感じるようになりました。
身体が重くて起きられず、やる気も失せ、仕事を度々休むようになります。
そんな状況だったため、仕事も正社員からパートに変えてもらいましたが、会社を休みがちな状態は続き、家では何もできずただ横たわる日々が続きました。
旦那さんは「もしかして、うつ病なのでは?」と考え、近所の心療内科へA子さんを連れて行くことにしました。
医師からは具体的な症状や生活環境、心配事などについて問診を受けました。
介護や仕事など様々なストレスが重なった結果の「うつ病」と診断され、抗うつ薬を処方されます。
旦那さんから仕事を辞めて自宅で静養するように勧められたA子さんは、会社を休職し、抗うつ薬中心の治療に専念することになりました。
贅沢とは無縁だった妻の豹変…
2週間後、抗うつ薬を飲み始めたのが功を奏したのか、外出できるくらいに気分が回復し始めました。
半年後には、休職中の職場に電話をかけ、仕事のアイデアを披露するなど、仕事への意欲も蘇り、目覚ましい回復を遂げました。
ところが、その一か月後に再びうつ状態がぶり返してしまいます。
その後は、抗うつ薬を飲み続けているにも関わらず、「一年のうち10ヶ月以上はうつの状態」という期間が長く続きました。
そして5年後に大きな異変が起こります。
秋も深まったある日、旦那さんが仕事から帰宅すると、A子さんが
「これ買っちゃった!」
と言って、指にはめたダイヤの指輪を見せてきました。
なんと、50万円もするダイヤの指輪を衝動買いしてしまったようです。
旦那さんがその行為を咎めると、
「なによ!明日は私の誕生日なのよ!!」
と、謝るどころか逆に食ってかかってくる始末です。
贅沢とは無縁だった妻のあまりの豹変ぶりに、旦那さんは言い知れぬ不安を覚えました。
些細なことにイライラし、隣家に怒鳴り込む
ダイヤの指輪を衝動買いした2日後の深夜2時過ぎ、旦那さんが寝室で寝ていると、家の外で大きな声がして目を覚ましました。
「妻の声じゃないか?」
慌てて家を飛び出すと、隣の家のご主人と言い争いをしているA子さんの姿が目に入りました。
「テレビの音がうるさいのよ!」
「近所迷惑を考えなさいよ!!」
確かに隣家のテレビはついていましたが、玄関ですら聞こえないような小さな音です。
旦那さんは隣のご主人に謝り、今にも隣の家に上がり込もうかというほど興奮しているA子さんを何とかなだめて、ようやく家に連れ帰りました。
「これはただ事ではない…」
そう思った旦那さんは、次の日、朝一番に近所で一番大きな総合病院の精神神経科にA子さんを連れて行きました。
5年以上経って、ようやく双極性障害だと判明
「もう完全に私は治りました!」
そう主張するA子さんの横で、旦那さんはこの数日間の出来事を医師に伝えます。
すると医師からは、
「A子さんはうつ病ではありませんね。双極性障害だと思われます」
という答えが返ってきました…。
このA子さんのケースでは、「うつ病」と診断されてから5年以上経って、ようやく「双極性障害(躁うつ病)」であることがわかりました。
本当は双極性障害なのにうつ病と誤診され、治療を施されることによって症状が悪化し、長引いてしまうという悪循環に陥っていました。
しかし、このようなケースは、決して珍しいものではありません。
それでは、なぜ双極性障害なのにうつ病と誤診されてしまいやすいのか、簡単にご説明します。
双極性障害とは
双極性障害とは、いわゆる躁うつ病のことであり、躁とうつの状態が交互に現れる病気です。
うつ病などの気分障害と同じく、神経伝達物質のバランスが崩れることによって引き起こされると考えられています。
うつ病の時には神経伝達物質が少なくなりますが、双極性障害の場合には、神経伝達物質が少なくなったり増えたりすることで、躁とうつが交互に現れます。
直接的な原因やきっかけとしては、「ストレス」と「睡眠不足」が挙げられます。
ストレスと言っても辛いことだけでなく、今回のA子さんのケースのように、「昇進」といった喜ばしいことでも、本人にとってはストレスになり得ます。
「昇進」に加えて、「夫の母親の介護」というストレスも加わり、負担が増えることで慢性的に「睡眠不足」の状態になり、双極性障害が引き起こされたと考えられます。
平成26年の調査では、双極性障害の患者数は約22万人と発表されていますが、これは実際に病院に来た人数ですので、実際にはさらに多くの潜在患者がいると考えられており、人口100人に1人か2人は双極性障害を発症すると言われています。
なぜ医師は双極性障害をうつ病と誤診してしまうのか?
うつ病と誤診してしまう理由としては、うつ状態に比べて躁状態の期間が短いということが挙げられます。
個人差はありますが、躁の期間は数日~数週間程度であるのに対し、うつ状態は4ヶ月以上と長くなっています。
患者さんが躁状態になったとしても、家族は予備知識が無ければそれが双極性障害だとは気づきませんし、むしろ「うつ病が治ってきた」として、好意的に受け止めやすい傾向があります。
また、患者本人も、うつ状態の時には辛いので病院へ行こうと思ったとしても、躁状態の時には、むしろ「調子が良い」と感じているので、病院へ行こうとは思わずに、発見が遅れることになります。
うつ状態の時に病院へ行っても、調子が悪かった時のことは話しても、調子の良い躁状態の時のことを話さない患者さんも多いため、双極性障害の発見が遅れることになり、誤診につながりやすいというわけです。
うつ病と誤診されると何がいけないの?
もっとも良くないのは、うつ病と双極性障害では、処方される薬が全く異なるという点で、うつ病の薬は双極性障害にとって悪影響を及ぼすことがあります。
うつ病の場合には、抗うつ薬が処方されますが、これは落ち込んだ気分を持ち上げるための薬です。
双極性障害の場合に用いられる薬は、躁とうつの気分の波を狭める薬である「気分安定薬」です。
にもかかわらず、双極性障害の人に誤って抗うつ薬を処方してしまうと、躁状態をさらに極端なハイの状態にまで気分を持ち上げ過ぎてしまいます。
極端なハイの状態になってしまうと、高額商品の衝動買いで金銭トラブルを抱えてしまったり、自分が正しい・偉いと思い込むことで人間関係を壊してしまったりします。
躁状態の時に手痛い失敗をして、その後のうつ状態ではその分ひどく落ち込むことになり、気分の振れ幅が増大してしまうことになります。
このように、双極性障害の人に、誤って抗うつ薬を処方してしまうと、症状の悪化を招くことにつながります。
今回は、双極性障害がなぜうつ病と誤診されやすいのか、A子さんの事例を踏まえてご紹介しました。
A子さんと似たような症状があるにも関わらず、抗うつ薬を服用し続けている場合には、双極性障害の可能性を担当医に聞いてみた方が良いかもしれません。
上で述べたように、双極性障害やうつ病などの気分障害は、「脳内神経伝達物質のアンバランス」が原因で引き起こされます。
「食事療法によって神経伝達物質のバランスを整える」ことは、うつ病だけでなく、双極性障害にも大変有効な手段となります。
私が抗うつ薬を使わずにうつ病を治した「荒木式食事療法」については、こちらの記事をご覧ください。
私の体験談が何かの役に立つかもしれません。
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